ペイオフ延期の分析 (00.01.10)
■ペイオフとは
先日2001年3月に予定されていたペイオフ解禁が、全て1年間延期されることが決まった。まずは、用語説明から。
ペイオフ: |
金融機関が破綻した場合、1000万円を上限に預金を預金者に払い戻すこと。現在は時限的に全額保護されている。その1000万円に、決済性預金などは含まれない。 |
簡単に言えば「お金を預けていた銀行がつぶれたら預金は1000万円までしか返ってこないよ」ということである。
解禁に伴い予想されることは、つぶれる可能性のある中小金融機関から預金を引き上げ、つぶれる可能性の少ない大手銀行に預け直す、という資金シフトである。(勝ち組と負け組が明らかになる)
こうしたペイオフを解禁する理由としては以下のようなことがある。
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預金保険機構(破綻金融機関への資金援助をする)には資金制約があること
例)アメリカでは10万ドル、英・仏などでも同様の上限設定あり |
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破綻しても全額保護されるケースだと、銀行経営のモラルハザードが生じる事 |
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資金シフトを考慮して、銀行がcredibleになるため構造改革を進めること |
1つめと2つめが主な理由であり、大筋としてペイオフ解禁の方向で進んでいる。しかし当然の事ながら金融機関、特に中小の機関ほど脅威である。こうした流れの中で、どうして今回のような「延期措置」になったかを分析したい。
■延期までの動き
「2001年3月にペイオフ解禁」の方針がきまる
→決済性預金などを全額保護する動き:その方向で決定
→信用組合だけ全額保護の動き:信組だけを特別扱いすることへの懸念
→全面的ペイオフ延期の動き
→全面的ペイオフ延期決定
■その間の関係者の意見
・大蔵省 |
「延期しない」(その意味では今回は敗北) |
・宮沢蔵相 |
「延期しない」→決定後「延期してもいい」 |
・自民党 |
大半は「延期しない」という意見で、 ごく一部(金融監督庁長官越智美智雄など)のみ「延期する」 |
■ペイオフ延期サイドの表向きの理由
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今の日本の金融界はまだまだ脆弱であり、再度金融システム不安を招きかねない。 例)ムーディーズなどでの格付けはこぞって低い |
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中小金融機関から預金がシフトしてしまい、破綻するところが出てくる。すると破綻コストが大きくなるので困る。 |
■実際の理由
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信用組合などからの政治圧力(今ペイオフが解禁されると預金が逃げてしまうので困る→政治家へ圧力) |
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信用組合の監督権限が都道府県から金融監督庁に移管するが、都道府県はこの1年監督を怠けていたために、信組は大手都銀のようなドラスティックな改革が進んでいない。そこでその懐柔策としてペイオフを延期する方針へ。 |
■ペイオフ政策の経済学的分析
筆者の意見は簡単で「延期すべきではなかった」である。
<理由1>
もっともスピードの遅い部分にスピードを合わせて全体を進める、という従来の「護送船団行政」そのものであること。ただし、今回注視すべきは、責任は全て政治家にある点。大蔵省や識者、大手都銀は全て「延期に反対」を表明している。「延期賛成」を
唱えてるのはリチャード・クーのような「エコノミスト」(エコノミストと経済学者は全然違うことを以前書きました。今回はエコノミストでも反対を表明している人が多数)と、信組の代弁者である一部の政治家、そして弱者としての当事者くらいである。
護送船団行政が行き詰まり、世界のマーケット化にそぐわなくなったのは厳然たる事実であり、それは当局の認識としてはあったにもかかわらず、政治的な力によって今回のような結果になった。これは金融セクターの構造改革を著しく遅らせることになる。この1年間に信組が相当程度の構造改革を進めなければ、全くもって不毛な「延期措置」になる。またこの「延期措置」によって、潜在的な破綻金融機関が0になることは決してないのも事実である。
<理由2>
格付けを留意しているが、それは論理が逆であること。
すなわち、「格付けが低いから保護しなきゃ」のではなく「保護しているから格付けが低い」のである。その証拠にペイオフ延期の情報が流れたとたん銀行株は下がり、さらに格付け機関も下方修正を示唆した。
ペイオフ解禁は実際の資金シフトの経済効果もさる事ながら、「金融セクターは構造改革が進み健全になりましたよ」という政策のアナウンスメント効果も持つのである。今回の措置はまさしく「負の」アナウンスメント効果を持つことになった。(我々はまだ健全ではないっす、と主張していることになる)だからこそ、大手都銀などは延期に反対なのである。今後の政策はマーケットに対応していかないとだめであるが、今回はまさしくそれを無視した政策と言えよう。
<理由3>
破綻処理のコストについては、不良債権を含めた資産のダイナミズムを考える必要があること。
破綻金融機関(ここでは、破綻がまだ表面化していないが、実質的に破綻している機関のこと)の不良資産は時間と共に増大していくのである。すなわち、破綻金融機関の速やかな市場からの退出が破綻処理コストの最小化につながるにもかかわらず、今回はまさに問題の先送りであり、その間にも不良資産を増大させてしまうのである。それは結果として処理コストの増大につながることになる。
これもありペイオフ延期によって破綻処理コストは2倍になると言われている。この状況はまさに金融行政の責任を問われた、90年代前半の住専問題のケースの繰り返しである。(住専問題は僕の卒論テーマですが)これは金融論でも基本的な含意であり、「今解禁すると破綻コストが大きくなる」という主張は経済学的には認められない。
■今後の課題
延期が決定してしまった以上、前を見るしかないが、必要とされるのは金融セクターの危機意識と金融監督庁の監督権限の強化である。
2001年のペイオフに向け、大手都銀の中には大きな危機感があり、これまでに信じられないような合併など大きな構造改革が進んだ。ペイオフはこれらが進んだ大きな要因であるが、ペイオフが延期されたからと言って手綱を緩めてはいけない。また、まだ構造改革が終了したとはいえない地銀や信組に関しては、危機意識の中、再編や構造改革を進める必要がある。
またペイオフ解禁後に来るべき競争的市場のルールメーカーとして、金融監督庁は各金融機関の監督機能を強化する責務が待っている。徹底した監督は市場の健全な発展と表裏一体である。政治過程の透明化を徹底するためにも、こうしたルール化、説明責任の徹底が求められる。
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